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北海道の旅(後編)
2024.08.24ハーバーマスター日記
三日目、天売島から羽幌港に戻り留萌方面に車を走らす。
本日は明治から昭和にかけニシン漁で巨万の富を築いた旧花田家の番屋(小平町)の見学。
年老いた管理人さんに当時のことを色々教えて頂いたが、最盛期の従業員数は総勢600人、
この番屋だけでも親方一家とやん衆、船大工、女中を含め200人が生活を共にしたという。
その昔ニシンは油の採取が目的で身は捨てられ、その後に魚卵(カズノコ)の塩づけが人気になり、
そして鮮度が保たれる現代では身も食べられるようになったという。
学んだ後は隣のレストランで昼食、この流れから私はニシン蕎麦をオーダー、
ところが空気を読まない女房はウニ丼(苦笑)
ここからは名寄を経て宿泊地である日の出岬(太平洋側)まで200㎞横断。
四日目4時起床、残念なことに薄曇りで綺麗な日の出は拝めなかった。
最終日はオホーツク海を横目に稚内空港を目指す。
途中べニア原生花園で、親切なおばちゃんにインスタ映えする一直線の道を教えてもらう。
が、しかし真剣に聞かなかったことで、いつの間にか知らない牧場に迷い込み、車が○○まみれ(泣)
いよいよ旅も終盤、日本一裕福な漁村猿払に到着、当然昼食は名産のホタテ丼&ホタテカレー。
道沿いにはホタテ御殿が競うように建ち並んでいたが、豪華さに見とれ写メらず通過。
これにて私の夏休みも無事終了。
PS:このブログを書きながら早くも15回目の北海道ルートを模索中。
本日は明治から昭和にかけニシン漁で巨万の富を築いた旧花田家の番屋(小平町)の見学。
年老いた管理人さんに当時のことを色々教えて頂いたが、最盛期の従業員数は総勢600人、
この番屋だけでも親方一家とやん衆、船大工、女中を含め200人が生活を共にしたという。
その昔ニシンは油の採取が目的で身は捨てられ、その後に魚卵(カズノコ)の塩づけが人気になり、
そして鮮度が保たれる現代では身も食べられるようになったという。
学んだ後は隣のレストランで昼食、この流れから私はニシン蕎麦をオーダー、
ところが空気を読まない女房はウニ丼(苦笑)
ここからは名寄を経て宿泊地である日の出岬(太平洋側)まで200㎞横断。
四日目4時起床、残念なことに薄曇りで綺麗な日の出は拝めなかった。
最終日はオホーツク海を横目に稚内空港を目指す。
途中べニア原生花園で、親切なおばちゃんにインスタ映えする一直線の道を教えてもらう。
が、しかし真剣に聞かなかったことで、いつの間にか知らない牧場に迷い込み、車が○○まみれ(泣)
いよいよ旅も終盤、日本一裕福な漁村猿払に到着、当然昼食は名産のホタテ丼&ホタテカレー。
道沿いにはホタテ御殿が競うように建ち並んでいたが、豪華さに見とれ写メらず通過。
これにて私の夏休みも無事終了。
PS:このブログを書きながら早くも15回目の北海道ルートを模索中。